モルトログ─どうせなら本物を
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薄暗いバー。真っ直ぐな10席ほどのカウンターとテーブル席がひとつだけの、こぢんまりとした空間だ。ウッディなバックバーにはズラリとボトルが並ぶ。フロアを歩くとコツコツと靴音が鳴った。
2012年6月のある日、ぼくはいつものように、カウンターの一番奥の丸椅子に座った。実はその日、マスターに頼みたいことがあったのだ。幸い客も少なかった。「ついにというか、やっとというか、いよいよウイスキーを飲んでみようと思うんですよ」
「ほう……」
「これまで飲まなかったんです。たぶん20年くらい。水割りをガバガバ飲んで悪酔いすることがよくあって、どうもウイスキーが悪酔いの元だって、ずっと思ってたんですよ」
いまにして思えば、悪酔いは単なる飲み過ぎの故だろう。
「それでずっとビールと日本酒の地酒だったんですけど、ここ数年焼酎を飲むようになりましてね……、そしたら麦の、ちょっとウイスキーのような香りのするのがけっこう気に入って飲んでたんですよ。同じ蒸留酒だから、そういう香りも可能性としてはあり得ますよねえ……」
「それはそう……、ですね……」
「でもね、ウイスキーっぽいのを飲むより、どうせなら本物のウイスキーを飲んだほうがいいんじゃないかと、ふと思ったんですよ」
「なるほど……」
「それで、香りのいいウイスキーを飲みたいなと思うんですけど、何をどう飲んだらいいかわからないので、ここはひとつ、マスターに教えていただけないかと思いまして……」グラスを拭きながら聞いていたマスターの手が止まった。
「そうですねえ……、ではまず、世界5大ウイスキーをひと通り飲んでみてはいかがでしょう」
「5大ウイスキー?」
その頃はまだ「マッサン」も始まっていなかったし、ぼくはウイスキーについて本当に何も知らなかった。
「ええ。イギリスのスコッチ、その隣のアイルランドのアイリッシュ、アメリカのバーボン、カナダのカナディアン、そして日本が、世界の5大ウイスキーであり5大産地です」
「日本も入ってるんですか?」
「そうなんですよ。『山崎』とか、ヨーロッパでも人気ですよ」
「へぇ〜。じゃあとにかくそれ、お願いします」
確かこんな展開だったと思うが、これがぼくのウイスキーの飲み始めだった。以来、マスターはぼくのウイスキーの師匠なのだ。それから何度か通って、すすめられるままに5大ウイスキーをひと通り飲んだ。
「どこのウイスキーがよかったですか?」
「うーん……、スコッチでしょうか……」
「おそらく選ばれたものが合うんだと思いますよ。これからはスコッチを順に飲まれてはいかがですか。スコッチだけでも100くらいの蒸留所がありますよ」
「へえ〜、そうなんですか……」
こうしてぼくのスコッチめぐりが始まったという次第。
そして当時教えてもらった最初のシングルモルトスコッチが、写真のGlenfiddich(グレンフィディック)とThe Glenlivet(グレンリベット)だった。いずれもベーシックなシングルモルトと言われている。ぼくにとっては、いまでも一番落ち着くモルトのような気がする。
ちなみに「シングルモルト」とは、大麦麦芽だけを原材料にして、一つの蒸留所で蒸留・熟成されたものをさす。当時から飲んだモルトは携帯で写真に撮っていた。「ときど記」にも書いたりしていたが、それらも含めて2014年6月からフェイスブックに記録していた。最初の頃はスコッチオンリーだったが、日本のシングルモルトウイスキーも興味深いので、途中から日本も含めたシングルモルトを対象にするようになった。だから「モルトログ」というわけ。
最近、Webの仕事でブログ・CMSツールのWordPressを使うことになった。初めて使うツールなので、ここはその勉強を兼ねてつくったものだ。スマートフォンやタブレットにも対応。この際なのでフェイスブックの記事もすべてコピーした。そのうち2014年投稿の約半分については、実際に飲んだのが2012〜2013年だ。
今後は、フェイスブックとこのモルトログの両方で記録を続けようと思っている。なお、上記の通りまったくのウイスキー初心者なので、まともなテイスティングノートではない。個人の素朴な感想に過ぎないことを、あらかじめお断りしておきたい。
(2016年2月13日記)